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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)190号 判決 1995年12月20日

大阪市西区江戸堀1丁目9番1号

原告

帝人製機株式会社

代表者代表取締役

近藤髙男

訴訟代理人弁理士

有我軍一郎

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

松縄正登

青山紘一

幸長保次郎

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第22709号事件について、平成4年7月23日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年12月24日(平成5年法律第26号による改正前の実用新案法7条の2第1項の規定に基づく優先権の主張日は昭和61年3月3日)、名称を「加熱ローラの軸受部冷却装置」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願をした(実願昭61-202085号)が、平成2年10月15日に拒絶査定を受けたので、同年12月10日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第22709号事件として審理し、平成4年7月23日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月2日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

内部に加熱手段を有し、その回転軸が軸受を介して回転自在に支持される加熱ローラと、加熱ローラを駆動する駆動手段と、を備えた加熱ローラの軸受部冷却装置において、前記加熱ローラと駆動手段の間に冷却用流体の供給通路と排出通路を配設し、これら各通路のうち少なくとも一方を駆動手段の軸受部および軸部に接近かつ沿って設けるとともに、冷却用流体が供給通路から排出通路に折返される位置を加熱手段と軸部の間としたことを特徴とする加熱ローラの軸受部冷却装置。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願考案は、本願出願前に頒布された刊行物である実公昭51-41240号公報(以下「引用例」といい、その考案を「引用例考案」という。)に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願考案の要旨は認め、引用例の記載事項のうち、第1図に供給通路(空隙部F)は加熱手段(ヒーターコイル4)と軸部(回転軸3)の間の端部において折りまげられ、排出通路(空隙部G、H)は加熱手段にそって形成されていることが開示されているとの点を争い、その余は認め、本願考案と引用例考案の一致点及び相違点の認定並びに相違点の判断は争う。

審決は、本願考案と引用例考案との一致点を誤認し、相違点を看過し(取消事由1)、また、本願考案の格別の効果を看過し、相違点の判断を誤り(取消事由2)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(一致点の誤認、相違点の看過)

審決は、「本願考案が『冷却用流体が供給通路から排出通路に折返される位置を加熱手段と軸部の間とした』のに対し、引用例の考案は『その位置が加熱手段(ヒーターコイル)の側面である』点で相違するが、その他の点で両者は一致する。」(審決書3頁末行~4頁4行)と認定している。

しかし、本願考案は、加熱手段の放射外方に冷却用流体の流れる通路を配設することなく、単一の構成要件である「内部に加熱手段を有する加熱ローラ」と単一の構成要件である「駆動手段」との間に、軸受部及び軸部の冷却をなす通路として、冷却用流体の供給通路と排出通路を共に配設しているのに対して、引用例考案は、本願考案における「加熱ローラと駆動手段の間」に相当する部位には供給通路(空隙部F)のみが配設されており、「供給通路と排出通路」は配設されていない。

したがって、この点に関する審決の認定は誤りである。以下、詳述する。

(1)  本願考案の、ローラ部分が回転するものであり、加熱手段が固定されているものであることが、引用例考案と一致することは認める。

しかし、本願考案における「加熱ローラ」は、実用新案登録請求の範囲に「内部に加熱手段を有し、その回転軸が軸受を介して回転自在に支持される」と記載されているように、ローラ部分と加熱手段を一体とみなしたものを意味するのであり、また、本願考案における「駆動手段」は、加熱ローラを駆動するものである。したがって、本願考案の要旨に示す「前記加熱ローラと駆動手段の間に冷却用流体の供給通路と排出通路を配設し」とは、ローラ部分と加熱手段を一体とみなしたものと駆動手段との間に、冷却用流体の供給通路と排出通路を共に配設するということである。

これに対し、引用例考案においては、本願考案における「加熱ローラと駆動手段の間」に相当する部位には供給通路(空隙部F)のみが配設されており、その下流側の空隙部G、Hは加熱手段の側面及び外周面と「ロール」の内壁部の間に配設されている。したがって、引用例には、「前記加熱ローラと駆動手段の間に冷却用流体の供給通路と排出通路を配設し」という構成が開示されておらず、本願考案と引用例考案とでは、その冷却用流体の供給・排出通路の配設位置が顕著に相違する。

審決は、本願考案における「加熱ローラ」と、引用例考案における加熱手段を含まない「ロール」との概念的差異を誤解して、引用例考案にも「前記加熱ローラと駆動手段の間に冷却用流体の供給通路と排出通路を配設し」という構成が存在するものと誤認したものである。

(2)  本願考案の要旨に示す「冷却用流体が供給通路から排出通路に折返される位置を加熱手段と軸部の間とした」とは、本願考案の加熱ローラと駆動手段との間に設けられた2つの通路のうち、一方の通路と他方の通路が「折返される」ことにより、両者において冷却用流体の流れがほぼ逆向きになることを意味するとともに、その流れの「折返し位置」、すなわち一方の通路と他方の通路とをつなぐ折返し部分の位置を「加熱手段と軸部の間とした」ことを意味する。

これに対し、引用例考案においては、上記のように加熱ローラと駆動手段との間に供給通路及び排出通路が共に存在する構成ではないから、その冷却用流体が供給通路から排出通路に「折返される位置」が存在することはない。

したがって、この点においても、本願考案と引用例考案とは構成が相違しているのに、審決は、この点を看過したものである。

2  取消事由2(格別の効果の看過、相違点の判断の誤り)

審決は、「『本願考案は、上記構成によって加熱手段と軸受部、軸部の間に流体の断熱層が形成されているため、加熱手段の輻射熱が遮断され、また加熱手段側が供給通路あるいは排出通路を通過する流体により常に冷却されているので、上述の軸受部、軸部の冷却効果をさらに増大することができる』と・・・の点は引用例の考案においても、冷却用流体の供給通路(空隙部F)の間隔を適宜調整し軸部の間に必要な流体の断熱層を形成することによりきわめて容易に達成できる事項であり、上記の点は格別の効果とは認められない。」(審決書4頁6~17行)、「この点を考慮すれば、本願考案の『流体の断熱層を形成するためその折返される位置を加熱手段と軸部の間』としたことは、引用例の考案の『加熱手段(ヒーターコイル)の側面にあった折り返される位置』を、単に『加熱手段(ヒーターコイル)と軸部(回転軸)の間』に設定したにすぎないものであって、当業者がきわめて容易になし得る設計的事項にすぎないものと認められる。」(同4頁18行~5頁5行)と判断しているが、以下に述べるとおり誤りである。

(1)  本願考案においては、「前記加熱ローラと駆動手段の間に冷却用流体の供給通路と排出通路を配設し」との構成及び「冷却用流体が供給通路から排出通路に折返される位置を加熱手段と軸部の間とした」との構成を採用し、加熱手段と駆動手段の軸部との間で冷却用流体を供給通路から排出通路に折り返すことによって、その折返し位置近傍で両通路を区画する壁部を形成するものであり、これにより加熱手段から軸部及び軸受部への輻射熱を有効に遮断することができ、さらに加熱手段側を供給通路又は排出通路を通過する流体により常に冷却して加熱手段側の熱の放射(輻射)自体を少なくし、冷却効果を高めることができる。また、壁部の存在が冷却面積の大幅増加をもたらし、冷却効果をさらに高めるものである。

これに対し、引用例考案は、加熱手段と駆動手段の軸部及び軸受部との間に冷却用流体を流して流体のみの断熱層を形成するというものであって、本願考案のような「前記加熱ローラと駆動手段の間に冷却用流体の供給通路と排出通路を配設し」との構成及び「冷却用流体が供給通路から排出通路に折返される位置を加熱手段と軸部の間とした」との構成によりもたらされる上記壁部が存在しないから、本願考案のような輻射熱の遮断効果及び冷却効果は得られない。

さらに、本願考案では供給通路及び排出通路が共に加熱ローラと駆動手段の軸部及び軸受部との間に配設されるから、糸条等を加熱するローラ本体が冷却用流体によって冷却されることはないが、引用例考案においては、冷却用流体の通路が加熱手段であるヒーターコイルとロールの間に配設されているから、糸条等を加熱するロールを冷却していることになる。すなわち、ロールを加熱すべき熱の一部がロールと加熱手段の間で冷却用流体に奪われることになる。したがって、一定加熱温度で糸条等を加熱する場合、本願考案の方がかなり低消費電力で済むことは明らかである。

また、引用例考案においては、ロールと加熱手段の間で冷却用流体に奪われる熱量の分だけ加熱手段の発生熱量を増やす必要があるのに対し、本願考案ではローラ本体が冷却用流体によって冷却されることがないから、引用例考案より加熱手段の発生熱量が少なくなる。すなわち、本願考案の方が熱源である加熱手段の加熱量そのものが少なくなるから、本願考案では、前記冷却性能と相まって、引用例考案に比べ軸受性能を著しく向上させることができるのである。したがって、本願考案はこのような作用効果の点においても引用例考案とは顕著に相違する。

被告は、本願考案には、実用新案登録請求の範囲の記載より、「加熱手段と駆動手段との間に、冷却用流体の供給通路及び排出通路を同一円周上で円周方向に沿って交互に隣接配設する」態様も含まれ、このような場合においては、本願考案の輻射熱の遮断効果は、「壁部」である隔離壁が存在しないから、格別なものがあるとはいえないと主張する。

しかし、上記態様のものにおいては、供給通路を通る冷却用流体が加熱手段によって熱せられることになり、軸部及び軸受部の冷却装置とはなりえないものであるから、本願考案に含まれないことは明らかであり、被告の主張は失当である。

(2)  審決は、上記のような本願考案と引用例考案との構成及び作用効果についての相違点を看過し、その判断を大きく誤ったものであり、本願考案と引用例考案の相違点について、「当業者がきわめて容易になし得る設計的事項にすぎないもの」とは到底いえない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  原告は、本願考案における「加熱ローラ」が「ローラ部分と加熱手段を一体とみなしたもの」であり、上記構成は、その「加熱ローラと駆動手段との間に、冷却用流体の供給通路及び排出通路を共に配設」したものを意味するものであると主張する。

しかし、本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載には、「内部に加熱手段を有し」との記載はあるが、「加熱ローラ」自体については、ローラ部分と加熱手段とが一体となったものと限定的に解すべき根拠はなく、したがって、上記構成を「加熱手段と駆動手段との間に冷却用流体の供給通路及び排出通路を共に配設」したものに限定する根拠もないから、原告の主張は、考案の要旨から離れた主張であり、失当である。

そして、引用例考案においても、ロール部分と駆動手段との間に、冷却用流体の供給通路及び排出通路が共に配設されているから、上記構成について、本願考案と引用例考案とが一致するとした審決の認定に誤りはない。

(2)  原告は、本願考案において、「冷却用流体が供給通路から排出通路に折返される」とは、本願考案の加熱ローラと駆動手段との間に設けられた2つの通路のうち、一方の通路と他方の通路が「折返される」ことにより、両者において冷却用流体の流れがほぼ逆向きになることを意味する旨主張する。

しかし、引用例の図面第1図から明らかなように、冷却媒体の供給通路は、加熱手段(ヒーターコイル4)と軸部(回転軸3)の間の端部(空隙部Fと空隙部Gとの接続部)において水平方向(右から左への流れ)から上方向に折り曲げられ、加熱手段(ヒーターコイル4)とロール1の端部(空隙部Fと空隙部Gとの接続部)において、さらに上方向から水平方向(左から右への流れ)に折り曲げられ、供給通路から排出通路にわたって折り返されていることが明らかである。

そうすると、引用例の供給通路(空隙部F)は、加熱手段と軸部の間の端部において折り曲げられるとともに、全体として、空隙部Gすなわち加熱手段(ヒーターコイル)の側面において、冷却媒体が供給通路から排出通路に折り返されて、両者において冷却用流体の流れがほぼ逆向きになるものといいうる。

そして、審決は、本願考案と引用例考案では、「折返される位置」が異なることは相違点として認定しているのであるから、審決の一致点の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

(1)  一般に、誘導発熱ローラ等加熱ローラの分野においては、その加熱ローラの軸部、軸受部等の冷却手段として、冷却用流体を用いること、加熱ローラの軸受部等を冷却するために、冷却用流体を通す供給通路と排出通路を設けることは、広く知られたことである。

そして、引用例考案は、冷却用流体が駆動装置側の取付台等(軸受を含む)に沿って導入され、冷却用流体の供給通路(空隙部F)を、駆動手段の軸受部及び軸部に接近した位置にそれらに沿って設けることによって、駆動装置側の取付台等(軸受を含む)の冷却効果を大ならしめたのである。

そうすると、本願考案と引用例考案は、主として供給通路に冷却用流体を流すことによって駆動手段の軸受部を冷却するものである点において、両者は同じである。

「輻射熱」は、一般に熱放射であり、赤外線が主体のものである。本願考案のように、「加熱手段と軸部の間で折返される供給通路と排出通路」を設けて、加熱手段と軸部の間の厚みを例えば2倍にしても、その厚みは軸受部への輻射熱を有効に遮断するほどのものではない。

したがって、原告主張の効果は、冷却用流体の供給通路(空隙部F)の間隔を適宜調整し軸部の間に必要な流体の断熱層を形成することによりきわめて容易に達成できる事項であって、いずれも格別の効果であるとはいえない。

原告は、「冷却用流体が供給通路から排出通路に折返される位置を加熱手段と軸部の間とした」ことにより、両通路を区画する壁部が形成され、これにより輻射熱の遮断効果、冷却効果が顕著である旨主張する。

しかし、本願考案は、その実用新案登録請求の範囲の記載より、「加熱手段と駆動手段との間に、冷却用流体の供給通路と排出通路を同一円周上で円周方向に沿って交互に隣接配設する」態様も含まれ、このような場合においては、原告主張の「壁部」である隔離壁が存在しないのであるから、本願考案の加熱手段の輻射熱の遮断効果は、格別なものがあるとはいえない。

(2)  上記のとおり、本願考案において、「流体の断熱層を形成するためその折返される位置を加熱手段と軸部の間」としたことに格別の効果は認められないから、折返し位置をどこに設定するかは、当業者がきわめて容易になしうる設計的事項にすぎないとした、審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の誤認、相違点の看過)について

(1)  本願考案において、ローラ部分が回転するものであり、加熱手段が固定されているものであり、この点で、引用例考案と一致することは、当事者間に争いがない。

この事実を前提に、本願考案の要旨に示す「内部に加熱手段を有し、その回転軸が軸受を介して回転自在に支持される加熱ローラと、加熱ローラを駆動する駆動手段と、を備えた加熱ローラの軸受部冷却装置において、」との構成をみれば、その「加熱ローラ」は、「その回転軸が軸受を介して回転自在に支持され」、駆動手段により駆動されるものであるのに対し、「加熱手段」は、加熱ローラの内部に位置し固定されているものであって、両者は別部材を意味するものと解すべきである。

これを原告主張のように、「加熱ローラ」はローラ部分と加熱手段を一体とみなしたものと解すると、「加熱ローラを駆動する駆動手段」は、ローラ部分と加熱手段とが一体となった加熱ローラを駆動すると解さなければならないことになり、加熱手段は固定されたものとの前示当事者間に争いのない事実に反する結果を生ずる。

仮に、原告主張のような構成をもって本願考案の要旨とする趣旨であったのであれば、その実用新案登録請求の範囲には、例えば、「内部に配置された加熱手段と、その回転軸が軸受を介して回転自在に支持されるローラとよりなる加熱ローラ」のように、その趣旨が一義的に明確に理解されるように記載すべきであったのであり、このようにしなかった以上、前示のように解釈されることを排除すべき理由はない。本願図面(甲第2号証第1~第7図)の記載も前示解釈を排除するものとは認められない。

一方、引用例(甲第4号証)には、「1は鋳鉄製からなるロールで駆動装置側の回転軸3と共に回転する。2はロール1内にあつて回転軸3を囲む様に設けられたヒーターで該ヒーター2には・・・ヒーターコイルが巻装してある。」(同号証2欄22~26行)と記載されており、その図面を併せみれば、引用例考案においても、駆動手段により回転駆動されるロールと、この内部に位置するが固定されている加熱手段とを有することが認められる。

そして、引用例考案の冷却媒体である空気の流路について、「風案内板8と駆動装置側の取付台との空隙部Dより導入される冷却媒体である所の空気は図に示す矢印の如くヒーター2の一方の側壁と駆動装置側の取付台との空隙部E→回転軸3とヒーター2の周壁部との空隙部F→ヒーター2の他方の側壁と端板9との空隙部G→ヒーターコイル4とロール1周壁の内壁部との空隙部H→風案内板8と他方の風案内板7との空隙部等の流路を通して流れる。」(同4欄20~28行)と説明されており、これと図面第1図をみれば、引用例考案においても、冷却用流体の供給通路と排出通路である空隙部D、E、F、G、H、風案内板8と他方の風案内板7との空隙部(第1図中、この部分の矢印に付されている「F」は誤記と認める。)は、ロール1と駆動装置の回転軸3の間に配置されていることが認められるから、本願考案と同じく、「前記加熱ローラと駆動手段の間に冷却用流体の供給通路と排出通路を配設し」た構成を有することが明らかである。

この点につき審決に相違点の看過があるとの原告の主張は、本願考案の「前記加熱ローラと駆動手段との間に冷却用流体の供給通路と排出通路を共に配設し」との構成を、「加熱手段と駆動手段との間に・・・」と読み替えて主張するのに等しく、本願考案の要旨に基づかない主張であり、失当である。

したがって、この点において、本願考案と引用例考案とが一致するとした審決の認定に誤りはない。

(2)  上記のとおり、本願考案と引用例考案は、「前記加熱ローラと駆動手段の間に冷却用流体の供給通路と排出通路を配設し」た構成を有する点で一致するものである。

これを前提に、引用例(甲第4号証)の図面第1図をみれば、引用例考案において、冷却媒体の供給通路は、ヒーターコイル4と回転軸3の間の端部(空隙部Fと空隙部Gとの接続部)において水平方向(右から左への流れ)から上方向に折り曲げられ、ヒーターコイル4とロール1の端部(空隙部Fと空隙部Gとの接続部)において、さらに上方向から水平方向(左から右への流れ)に折り曲げられ、供給通路から排出通路にわたって折り返されていることが認められる。

そうすると、引用例の供給通路(空隙部D、E、F)は、ヒーターコイル4(加熱手段)と回転軸3(軸部)の間の端部において折り曲げられるとともに、全体として、空隙部Gすなわちヒーターコイル4(加熱手段)の側面において、冷却媒体が供給通路から排出通路に折り返されて、両者において冷却用流体の流れがほぼ逆向きになっているものということができる。

すなわち、引用例考案においても、本願考案と同じく、「冷却用流体が供給通路から排出通路に折返される位置を加熱手段と軸部の間とした」との構成を備えていると認められる。

そして、審決は、本願考案と引用例考案とでは、「折返される位置」が異なることは相違点として認定している(審決書3頁20行~4頁4行)のであるから、審決の一致点の認定に誤りはない。

これに関し、原告が本願考案と引用例考案の相違をいう点は、前示のとおり、本願考案の「前記加熱ローラと駆動手段との間に冷却用流体の供給通路と排出通路を共に配設し」との構成を、「加熱手段と駆動手段との間に・・・」と限定的に解することに基づく主張であり、採用することはできない。

原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(格別の効果の看過、相違点の判断の誤り)について

(1)  一般に、誘導発熱ローラ等加熱ローラの分野においては、その加熱ローラの軸部、軸受部等の冷却手段として、冷却用流体を用いること、加熱ローラの軸受部等を冷却するために、冷却用流体を通す供給通路と排出通路を設けることが周知であることは、引用例(甲第4号証)の従来技術についての説明(同号証2欄3行~3欄31行)及び本願明細書(甲第2、第3号証)の従来技術の説明(甲第2号証明細書2頁1行~3頁2行)から、明らかである。

原告は、本願考案においては、「冷却用流体が供給通路から排出通路に折返される位置を加熱手段と軸部の間とした」ことにより、両通路を区画する壁部が形成され、これにより輻射熱の遮断効果、冷却効果が顕著である旨主張する。

しかし、本願考案の要旨には、「供給通路と排出通路とを区画する壁部を形成し」との構成はなく、また、原告の主張する「壁部」が、本願考案の第1実施例を示す図面第1図に図示されている隔離壁16のような壁部とすれば、その輻射熱の遮断効果、冷却効果が顕者であると認められるが、第3実施例を示す同第4図には、これに相当する壁部は認められず、供給通路と排出通路とを区画するのはフランジ17であり、この態様にあっては、右隔離壁16のような壁部とは異なり、その輻射熱の遮断効果、冷却効果が顕著であるとは認められない。

また、本願考案の要旨に示す「前記加熱ローラと駆動手段との間に冷却用流体の供給通路と排出通路を配設し」との構成からは、被告主張のとおり、加熱手段と駆動手段との間に、冷却用流体の供給通路と排出通路を同一円周上で円周方向に沿って交互に隣接配設する態様が含まれることを排除しえないと認められ、このような態様の場合、原告主張の供給通路と排出通路を隔離する隔離壁を形成することなく、本願考案の要旨に示すところが実現できるのであるから、原告の主張する輻射熱の遮断効果は、本願考案の構成から一義的に導かれるものということはできない。

したがって、「壁部」の存在を前提とする原告の主張は採用できない。

(2)  前示したところによれば、本願考案と引用例考案とは、審決認定のとおり、「本願考案が『冷却用流体が供給通路から排出通路に折返される位置を加熱手段と軸部の間とした』のに対し、引用例考案は『その位置が加熱手段(ヒーターコイル)の側面である』点で相違するが、その他の点で両者は一致する」(審決書3頁20行~4頁4行)と認められる。

原告は、この構成の相違に基づき、本願考案では、糸条等を加熱するローラ本体が冷却用流体によって冷却されることはないが、引用例考案においては、冷却用流体の通路が加熱手段であるヒーターコイルとロールの間に配設されているから、ロールを加熱すべき熱の一部がロールと加熱手段の間で冷却用流体に奪われ、一定加熱温度で糸条等を加熱する場合、本願考案の方がかなり低消費電力で済むし、引用例考案に比べ軸受性能を著しく向上させることができる旨主張する。

しかし、引用例考案は、「発熱ロール装置を構成するロール内部のヒーター部及び回転軸並びに駆動装置側の取付台等の冷却効果を大ならしめ、ロール内壁部の温度上昇に起因する所の例えばヒーターコイルの絶縁劣化による寿命の短縮及び駆動装置側の取付台等の温度上昇による加熱等種々の弊害を除去し、しかも発熱ロール装置自体は簡単にしコストダウンを図ろうとしたものである。」(甲第4号証3欄33~40行)こと、冷却用流体は、駆動装置側の取付台(軸受を含む)に沿って導入され、冷却用流体の供給通路(空隙部F)を、駆動手段の軸受部及び軸部に接近した位置にそれらに沿って設けることによって、駆動装置側の取付台等(軸受を含む)を冷却するとともに、ヒーターコイル(加熱手段)の冷却を図るため、空隙部Gを折返し位置とし、排出通路を空隙部Hに設定したものであること(同4欄1~35行)が認められる。

そうすると、引用例考案においても、軸受部の冷却効果は大であるから、本願考案と引用例考案は、供給通路に冷却用流体を流すことによって駆動手段の軸受部を冷却する効果において相違はないと認められる。

また、供給通路と排出通路の折返し位置をどこに設定するかという点は、引用例考案のように発熱ロール装置を構成するロール内部の加熱手段の冷却効果を大きくするか、それとも加熱手段の発生熱量自体を小さくするかという目的に応じて、折返し位置を「加熱手段の側面」とするか、あるいは「加熱手段と軸部の間」とするかは、当業者において適宜設定しうる事項であるというべきであるから、本願考案の効果は、引用例考案における冷却用流体の供給通路(空隙部F)の間隔を適宜調整し軸部の間に必要な流体の断熱層を形成することによりきわめて容易に達成できる事項というべきであって、いずれも格別の効果であるとは認められない。

上記のとおり、本願考案と引用例考案とは、目的、構成においてほぼ一致しており、効果についても本願考案が格別の効果を奏するものとは認められないから、本願考案は、引用例考案に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものとした審決の判断に誤りはない。

原告主張の取消事由2も理由がない。

3  以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成2年審判第22709号

審決

大阪市西区江戸堀1丁目9番1号

請求人 帝人製機 株式会社

東京都渋谷区代々木2丁目6番9号 第2田中ビル 有我特許事務所

代理人弁理士 有我軍一郎

昭和61年実用新案登録願第202085号「加熱ローラの軸受部冷却装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和63年1月30日出願公開、実開昭63-14583)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ.本願は、昭和61年12月24日(実用新案法第7条の2第1項の規定に基づく優先権主張昭和61年3月3日)の出願であって、その考案の要旨は、平成2年9月10日付手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載された通りの次のものである。

「内部に加熱手段を有し、その回転軸が軸受を介して回転自在に支持される加熱ローラと、加熱ローラを駆動する駆動手段と、を備えた加熱ローラの軸受部冷却装置において、前記加熱ローラと駆動手段の間に冷却用流体の供給通路と排出通路を配設し、これら各通路のうち少なくとも一方を駆動手段の軸受部および軸部に接近かつ沿って設けるとともに、冷却用流体が供給通路から排出通路に折返される位置を加熱手段と軸部の間としたことを特徴とする加熱ローラの軸受部冷却装置。」

Ⅱ.これに対して、原査定で引用された実公昭51-41240号公報(以下、引用例という)には、

「ロール、ヒータ、ヒーターコイル及び回転軸並びに駆動装置側の取付台等より構成される発熱ロール装置に於て、冷却媒体である空気を上記ヒーターの一方の側壁と上記駆動装置側の取付台との空隙部から導入し、回転軸と前記ヒーターの内壁部との空隙部及び上記ロールの一方の側壁と前記ヒーターの他方の側壁との空隙部、並びに前記ロール周壁の内壁部と上記ヒーターコイルとの空隙部との流路を通る様に作成し、前記ロールの開口端周壁部と前記ヒーターの一方の側壁との空隙部より上記冷却媒体である空気を導出する様にした事を特徴とする発熱ロール装置。」

が記載されており、さらにその第1図には、供給通路(空隙部F)は加熱手段(ヒーターコイル4)と軸部(回転軸3)の間の端部において折りまげられ排出通路(空隙部G、H)は加熱手段にそって形成されていることが開示されている。

Ⅲ.そこで、本願考案と、引用例の考案とを対比すると、本願考案が「冷却用流体が供給通路から排出通路に折返される位置を加熱手段と軸部の間とした」のに対し、引用例の考案は「その位置が加熱手段(ヒーターコイル)の側面である」点で相違するが、その他の点で両者は一致する。

Ⅳ.そこで、この相違点について検討する。

請求人は、「本願考案は、上記構成によって加熱手段と軸受部、軸部の間に流体の断熱層が形成されているため、加熱手段の輻射熱が遮断され、また加熱手段側が供給通路あるいは排出通路を通過する流体により常に冷却されているので、上述の軸受部、軸部の冷却効果をさらに増大することができる。」と主張しているが、その点は引用例の考案においても、冷却用流体の供給通路(空隙部F)の間隔を適宜調整し軸部の間に必要な流体の断熱層を形成することによりきわめて容易に達成できる事項であり、上記の点は格別の効果とは認められない。

この点を考慮すれば、本願考案の「流体の断熱層を形成するためその折返される位置を加熱手段と軸部の間」としたことは、引用例の考案の「加熱手段(ヒーターコイル)の側面にあった折り返される位置」を、単に「加熱手段(ヒーターコイル)と軸部(回転軸)の間」に設定したにすぎないものであって、当業者がきわめて容易になし得る設計的事項にすぎないものと認められる。

Ⅴ.したがって、本願考案は、引用例に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成4年7月23日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

別紙第二 引用の意匠

意匠に係る物品 門扉

説明 図面中、A-A線一部省略拡大断面図の省略部分は願書添附図面上上より約0.8cm、3.75cm、4.45cm、91.5cm、4.45cm、5.05cm、0.8cmである。B-B線一部省略拡大断面図の省略部分は願書添附図面上上より約0.8cm、3.75cm、99.6cm、5.05cm、0.8cmである、C-C線一部省略拡大断面図の省略部分は願書添附図面上左より約2.6cm、14.5cm、1.25cm、36.1cm、3.4cmである、背面図は正面図と対称にあらわれる

<省略>

別紙第一 本願の意匠

意匠に係る物品 門扉

説明 背面図は正面図と対称にあらわれる。

<省略>

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